古代から近世にかけて、人々は防御と権威の象徴として、世界各地に「城」を築いてきました。本書では、日本と世界の城をゆるく比較しながら、その魅力や背景を探ります。日本の城では、白鷺城こと姫路城や松本城など、石垣と木造の調和が生み出す繊細な美を。ヨーロッパでは、ドイツのノイシュヴァンシュタイン城やイギリスのウィンザー城など、歴史と伝説が重なる壮麗な姿を紹介します。堅苦しい歴史解説ではなく、旅するような視点で「なぜ人は城を造るのか」を感じる一冊。写真や豆知識も交え、文化・建築・風景がゆるやかに交差する時間をお届けします。城好きも、旅好きも、ただ眺めるだけでも楽しめる“お城の世界散歩”へ出かけてみませんか。
2023年3月28日火曜日
ゴールデンカムイ
ゴールデンカムイ
WIKIPEDIAにお布施をしないといけない
杉元 佐一(すぎもと さいち)
声 - 小林親弘[注 10]
キャッチフレーズ - 不死身と呼ばれた男[46]
本作の主人公。元大日本帝国陸軍一等卒、元第一師団特別支援隊隊員(白襷隊)。軍帽にマフラー、顔を縦横断する裂傷痕[注 11] が特徴の20代前半の青年。猫舌。好物は干し柿、塩をかけた野生動物の脳味噌。苦手なものはイナゴの佃煮。
鬼神のような戦闘力と強運、生への凄まじい執念、医師が見放す重篤な負傷でも翌日には治癒し戦場を駆ける驚異的な回復力から「不死身の杉元」の異名で一目置かれ、第七師団にもその名を知られている。また戦場で負った夥しい傷跡が顔を含め全身に今も残る。なお出征前の髪質はストレートだが、出征後は髪質が変わり少し癖毛となっている[47]。
除隊後も当時の陸軍の制式装備である三十年式歩兵銃、二十六年式拳銃、三十年式銃剣で武装している他、軍帽や弾薬盒、肥後守等、軍役時の官給品を使用している。特に軍帽はほぼ常時被っており、入浴中も外すことはない。射撃の腕はあまり良くなく本人も自覚している。そのため持ち前の度胸を生かした銃剣による突撃や敵の刃物を奪って使うなどの接近戦を得意とする。戦闘力は高いが、不意打ちを食らったり圧倒的な戦闘力を持つ羆などと戦ったりする状況も多いため、頻繁に負傷する。仲間からは度々心配されているが、本人は全く気にしていない。
普段は気さくで茶目っ気もあり礼儀正しい。敵でない相手には穏やかで優しく情にも厚い。その一方、敵対者には躊躇なく前兆なく殺戮を行なう残忍さの二面性を併せ持つ。「殺人狂ではないが殺されるくらいなら殺す」と語り、生命の危機に際しては「俺は不死身の杉元だ!」と自らを鼓舞する。この鼓舞は同居していた彼の父親が結核で死の床にあり、彼自身にも感染の恐れがあった頃から続くものである。一方で狩りで殺し損ねた鹿の必死に生き抜こうとする姿と自分を重ね狼狽したり、度々戦場での記憶がフラッシュバックし本当の自分に戻れていないと語ったりする等トラウマを抱えている。辺見 和雄に何人殺したか覚えているかと聞かれた際に「顔が見えるほど近くで殺した奴は顔だって忘れない」「忘れないでいるのが自らの償いである」と語る。アシㇼパに対しては常に「アシㇼパさん」と呼び、知識に感服するなど[48]、敬意を払い、相棒として互いに認め合う関係である。
神奈川の農村出身で、自分以外の家族は結核に罹患し死亡。感染拡大防止のため、無人となった実家を焼き、予てから想いを寄せられていた幼馴染の梅子に暫しの別れを告げ逐電、天涯孤独となる。
1899年-1901年、東海近畿を放浪。再び故郷に戻るも梅子と寅次の婚姻を知り、今度は東京へ向かう。
東京で菊田 杢太郎(当時第一師団所属の軍曹)に出会い、菊田のひらめきで、花沢 勇作の見合いを破綻させる「花沢勇作童貞防衛作戦」で勇作の替え玉となる。菊田曰く杉元の顔は品があるとの事。菊田に「ノラ坊」と呼ばれ、菊田との別れ際に彼の弟の遺品である軍帽を贈られている。その後食い扶持には困らないようにと陸軍第一師団に入隊。
旅順攻囲戦では白襷隊として夜間奇襲に参加、続く二〇三高地でも奮戦し死地から生還。
激戦で戦死者も多かった日露戦争で多大な戦功を上げ生還した英雄だが、気に入らない上官に瀕死の重症を負わせたため、軍人恩給[注 12] の資格を剥奪された。
奉天会戦において戦死した寅次の遺言を受け、寅次の妻で眼病を患った梅子の治療費を手早く得るために満期除隊[注 13][注 14] 後、独り北海道へ渡り砂金採りをしていたある日[11]、アイヌの金塊の噂話を聞く[49]。当初は与太話と疑うも、成り行きで証拠の一部を見たことで事実と確信。羆に襲われたところを突如現れたアイヌの少女・アシㇼパの機転と手助けで命拾いする。アシㇼパから金塊に携わった父に降りかかった惨事を聞き、目的は異なれど過程は同じとして共に力を合わせ北海道各地を巡る探索行が始まった。追尾を振り切り、命を狙う者共を捻じ伏せ斃し、旅の道中にて珍味・美味の馳走に与り堪能する。
網走監獄襲撃時、のっぺら坊と接触し、アシㇼパの父・ウイルクであることを確認するが、金塊に関する情報を得る前に両者とも狙撃される。咄嗟にウイルクの体を盾にしたことで即死は免れたが、左のこめかみ付近に被弾、家永の外科手術で命を取り留める(その際、脳の一部が欠け、手術時に家永に脳をつまみ食いされた)。以降は左側頭部に額当てを装着し、その上から軍帽を被っている。また網走監獄襲撃時における戦闘で左脛に二階堂の仕込み散弾銃を受けて怪我をしており、ズボンの上からも補強具を付けている。
アシㇼパを追って谷垣・月島・鯉登と共に樺太へ渡り、豊原にて自身の生存をアシㇼパに向けて喧伝すべく曲馬団「ヤマダ一座」の公演でハラキリ芸に挑戦する。芸の練習中に鯉登とのいがみ合いが拗れ、鯉登の誤解により本番でハラキリ芸用の細工刀が真剣に摺り替えられたものの、公演中にロシア人の刺客に山田座長と間違えられて襲撃されたため、真剣で撃退し結果的に事なきを得た。
モデルは日露戦争に出征した作者の曾祖父である[13]。
アシㇼパ(アイヌ語: Asirpa)
声 - 白石晴香[注 10]
キャッチフレーズ - アイヌの愛娘[46]
本作のヒロイン。10代前半の利発で天真爛漫なアイヌの少女。父親譲りの緑が散った濃紺色の瞳を持つ。ポーランド人[注 15] と樺太アイヌの混血の父・ウイルクと北海道アイヌの母・リラッテの血を引く美少女ながら、頻繁に変顔をする。作中では主に北海道の自然とアイヌ文化を紹介する案内役を担う。アイヌ衣装で弓やマキリ、トリカブトを使った毒矢など古典的なアイヌの狩猟具を装備し、同じアイヌのキラウㇱから「変わった子供」だと見られている。足に履いているのはタイツ[50]。幼名はエカシオトンプイで「祖父の尻の穴」の意、戸籍上の和名は小蝶辺 明日子(こちょうべ あすこ)[51]。日本語とアイヌ語の二言語話者。父・ウイルクからは学校に通うことを勧められていたものの通っておらず、「迂」など読めない漢字がある。作中ではアシㇼパのリはアイヌ語の小書きリで表記されている。好物は塩をかけた脳味噌。
外見と年齢に反して、理知的で賢く豪胆な性格。「新しい(アシㇼ)年(パ)」を意味するアイヌ名を「未来」と解釈し、信仰や慣例を重んじた上で古い因習に捕われず現実的かつ合理的で柔軟な思考も持ち併せた「新しい時代のアイヌの女」を自負する。もうすぐ顔に刺青を入れる年齢だが、本人はアイヌの古い因習として刺青を嫌がっている。
弓矢の名手にして狩猟の腕も高く、北海道の気候や動植物、アイヌの文化・風習・料理に精通し、その都度、同行者に教授している。羆や大人に対して物怖じしないが、唯一ヘビが苦手である。殺人をよしとせず、他人の行為まで咎めることは多くないが自分の手では人を殺さないよう徹底している。年長の和人らに野生動物の脳髄生食を気前良く振る舞い世話を焼いているが、無礼・背任・失態を働いた者に容赦無い制裁を加える。反面、歳相応の幼さも見せる。杉元が携帯していた味噌や札幌の洋食屋で食べたカレーなど、粘性がある茶色い物体は全て「オソマ(うんこ)」と見做して嫌悪していたが、味噌の入った桜鍋を食べてからは好物となり、事あるごとに杉元に味噌をねだっている。アシㇼパが脳味噌を食べさせた描写のある相手は、杉元・白石・牛山・尾形。
小樽周辺のコタン出身。出生直後に母が病死、父の狩猟へ共に連れられ幼少期を過ごし、一人で羆を毒弓で仕留めたこともある。父を失った後も、本来ならアイヌの娘が担うべき仕事や嗜みをせずに野山を駆けていた。山中で羆に狙われていた杉元を持ち前の知識と技術で救い、アイヌの隠し金塊の話を聞かされた際に父が犠牲者の一人と打ち明けたところ、杉元に協力を要請され行動を共にすることになる。金塊探しのための脱獄囚探索中に、殺害されたはずの父が金塊強奪犯の「のっぺら坊」であると聞き、真実を知るために網走監獄へ向かうことを決意する。危険と窮地を潜り抜け、黄金を巡って取り巻く奸謀に翻弄されつつ助け合い、旅の牽引者として狩猟に勤しみ仲間たちの馳走を拵える。
刺青の暗号を解読できる唯一の人物とされるが、彼女自身は刺青を見ても心当たりがなく、彼女自身が金塊
に興味がないことも相まって、のっぺら坊に金塊を託された理由を図りかねていた。網走監獄襲撃の際、のっぺら坊が父・ウイルクであることを遠くから確認したが、直後にウイルクは狙撃されて死亡する。暗号の鍵を思い出すため、アシㇼパ自身の知らない父の過去や、父が金塊を託した意図を知るべく、キロランケに伴って樺太へと渡る。父の旧知であるソフィアが収監されている亜港監獄を目指して北上し、道中の様々な少数民族との出会いや、キロランケやソフィアが語る父の過去などから、忘れていた父との思い出を断片的に思い出していった。暗号の鍵であった父のアイヌ名を忘れていたことについては、アイヌ惨殺事件による父との別れとレタㇻとの別れが重なったことによって、その時期の記憶を無意識に封じてしまっていたことによる。
携帯している小刀(メノコマキリ)のモデルはアイヌ文化奨励賞を受賞した貝澤貢男[52] の手による物で、のぼりべつクマ牧場が運営するアイヌ資料館「ユーカラの里」で本人から購入したとしている[14]。
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